空っぽの鉱夫

      


 これは人から聞いた話なんだが、もうだいぶ前の話になる。その頃社長は末期の胃ガンを患ってたから、もう余命幾ばくも無かったわけで遂にアレをやっちまったんだよ、いわゆる最後の手段ってヤツ。そう社長は自分の経営している炭鉱の、ある鉱夫に臓器売買を申し込んだのさ。鉱夫の奴はまだ小さい頃にこの炭鉱に売られて来たから、難しい事は何にもわかんなかったんだな、社長からは沢山の金を貰えるし「胃を摘出した後にちゃんと機械の胃を入れてやるから大丈夫サ。」と言われたもんだからあっさりこの話しを飲んじまったのさ。

 数日後、手術は一応成功したんだけれども、その後の検査で他の臓器にもガンが転移してる事がわかっちまったから、また移植が必要になった訳で、社長は藁をも掴む気持ちで再びあの鉱夫に話を持ちかけに行ったんだよ。そしたら鉱夫の奴は社長とは正反対に上機嫌で、機械の胃にしてからいくら酒を飲んでも胃がもたれなくなったよと社長に礼を言うくらいだったから、別に他の臓器を売る事にも抵抗は無かったんだろうな。

 まあ、そう言うわけで社長と鉱夫の間でこんな事が幾度も繰り返されてな、社長の様態は移植を受けるたんび良くなったし、それと同時に鉱夫の財布も重くなって、そんで気が付く頃には奴の体は脳みそを残して疲れを知らずの鋼鉄のロボットになっちまったのさ。

 ある日の事だ、毎度の事ながらあの鉱夫の所に社長がやってきてこう言うんだよ、今度は君の脳ミソがほしいってさ。だけどこれにはさすがの鉱夫もすぐには首を縦に振ることはできなかったんだけれども社長がな「今よりずっと頭いい機械の脳ミソをやるぞ。」って言ってくるもんだから鉱夫も喜んでこの話に乗ったわけだ。

 そんで遂にその日がやって来た、鉱夫の鋼の体からまんまと引きずり出されちまった奴の脳ミソは社長の前に立たされたかと思うと、社長は「やあ、ご苦労。」と脳ミソに向かって短く一言、言っただけだったから。脳ミソは最初な、社長が自分に何を言ってるのか良くわからなかったんだろう、そのままそこに突っ立って居るとさ、社長が、なんでまだ御前はそこに居るだよと言わんばかりの顔して「別に私は君の脳ミソを移植したいからこうした訳ではないんだよ、現に私には立派な脳ミソが頭に詰まってるんだからね、さあ君とはこれで御別れだ何処にでも行くがいい。」と言い放ったもんだから脳ミソもやっと全てを悟ったんだろうな、自分自身だった鋼の体と、すっかり重くなった財布を残して何処かに行っちまったのさ。

 北国にはもう雪が降り積もってる頃だから普通の鉱夫達は手がかじかんでろくに働けないんだろうけど、人形になっちまった鉱夫だけは脇目もふらず働いてるのさ、なんたって鋼の体には寒さなんか関係無いし、脇目をふる為の意思だってもう空っぽになっちまった頭には残ってないんだから。

そんでもって、体を取り替えてすっかり若返った社長は、安い油だけ与えてやれば、喜んで仕事をこなす鋼の鉱夫を駆使した商売で儲けた金貨を、今日も暖かい部屋ん中で一つ二つと、数えているんだろうな、きっと。


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