かわいそうな子

 

 「人には誰にでも心には傷が有るものなのです。彼等は、それが少し目立つ所にある、ただそれだけなのですから、本質的には何も変わらないのですよ。」

 先生がそのようにおっしゃれば、子供等はそう思うほかにありませんでしたので、トム君は本当にそうだなぁとその時は感じました。

 ところで、トムの家の隣にはミーナという名のトム君より三つばかり年上の心に傷があるために、顔にまで大きな傷のある少女が住んでおりました。

 トム君は小さい頃にはミーナの事を「ミー姉ちゃん」と呼んでは遊んでもらっておりましたが、トム君が小学校に上がる頃になると、彼も何だかミーナと遊ぶことが恥ずかしくって仕方なくなってきましたので、もっぱら遊び相手はクラスメートとなりました。

 

 ミーナが学校に通い始めたのましたのは、当然、三年前のことでしたが、ミーナはトム君と同じ小学校には通うことができませんでした。

 ミーナのように心の傷が顔や目立つところに浮き立っている子供は皆、そういう子供専用の学校に入れられることになっているのですから。

 けれども、傷があるというのは、彼らのような子供だけではありません、トム君にだって小さいですが、背中の下の辺りに微かに三日月形の傷がありますし、先生にだって右肩の付け根にとても小さくて見えないくらいですが、確かに傷があるのです。結局、ミーナのような子はただ単にそれが大きかったり目立つところにあるだけなのです。

 それでも、ミーナは、ミーナの通っている学校の先生によく言われます。

 「ミーナ、君の顔の傷だって、心の傷さえ治れば、自然に小さく目立たなくなるんだよ。」と。

 ミーナはずっと先生の言葉を信じていました。だってミーナの周りの大人は皆そう言っていたのですから、ミーナの中に疑いの感情が生まれるなんてありえません。

 けれども、そうやってミーナは学校で言われたとおりにしていても、全然、傷は小さくなりませんでした。そうするとミーナも少しずつですが、自身を失いつつありましたし、そんな中、彼女は商店街で噂話をしているおばさん達の話し声を耳にしてしまったのです。

 「幾らなんでもねえ、心を良くしたってねえ。」

 「傷が治るわけないわよねー。」

 「もし、この傷が、心の傷と関係があるなら、あんな旦那と暮らしてる私なんて、傷がどんどん大きくなるはずよ。」

 「どうせ、傷の話なんて、国のでっち上げでしょ、公務員は傷が小さくないと、なれないって言うしね。」

 「結局、先天性のものらしいわよ。」

「あっ、憲兵よ。」

 「まずいわね、もう帰りましょ、じゃあね。」

 ミーナは遂に泣きたくなってしまいまいました。

 

 ある日のことです。

 トム君の学校とミーナの学校が一緒に学芸会を開催することになりました。

 トム君の教室でも、ミーナのように傷の大きな子を差別したり、偏見を持ってはいけないよ、という説明がなされ、トム君の前の席のデル君が、「差別なんてもうやめようよ。」とみんなの前で叫びましたし、彼は立派なことに、学芸会ではミーナと同じ学校の生徒とも、トム君の学校の生徒の仲では最も仲良くできましたが、彼とその仲間達が、クラスメートの中でも比較的傷の大きかった、ベニーをいじめることは止めませんでしたし、直接いじめに参加しなかったトム君も含めてクラスの中の大半はベニーへのいじめを、怖くて見てみぬふりを続けるしかありませんでした。

 ところで、ミーナは学芸会の開催中、隣のトム君を探しましたが、トム君はミーナに気づくと何時も決まって目を逸らしてしまいます。

 ミーナも最初は悲しいと感じましたが、どうにもそれが続いてしまうと、自分は目を逸らされるために居る存在のような気がしてしまって、悲しいというよりむなしくなってしまうのです。

 そして、トム君は学芸会の最中、ミーナの学校の生徒たちと、ホークダンスを踊ったりもしましたが、彼等と手を繋いだ後は、水道で手を洗わずには居られない気分になってしまいます。トム君自身、そんな自分は良い子ではないなぁと思いましたが、彼自身にはどうすることもできない問題でしたし、そう感じたのは、なにもトム君だけではなくて、デル君とその仲間たち以外、特にベニーも含めて、皆そう思っていました。

 

 そんな中、ミーナは世間の人に、いやな目で見られることより、やさしい瞳で「かわいそうだ」といわれるのが嫌いなのだなと、だんだん自分の気持ちが分かるようになってゆきました。

 だから、そういうことをしてくる傷の目立たない人で溢れている街を彼女は好きになれなかったので、何時しか学校の行き帰り以外は、外に出るのさえ嫌になってしまったし、学校に行っても、仲間たちとできることは、傷を舐めあうことぐらいだと、うすうすながら感づいてしまいました。

 けれどもそんな時のことです、ミーナの元にルイスという若者がやってきたのは。

 ルイスはミーナに出会ったときに、「こんにちは。」とか「今日は天気がいいね。」とか「林檎は好きかい。」とかしか訊いてこなかったので、ミーナはすぐにルイスのことが好きになってしまいました。

 だって、ルイスはまるで、ミーナの傷のことを口にしないし、気にも留めていないようで、ただ、ミーナ自身を見ていてくれているに違いなと彼女は思ったのです。

 

 けれども、ミーナのそんな幸せな日々はそう長くは続きはしませんでした。ミーナが休みの日に、ルイスの家を訪ねると、いつもはすぐに出てくる彼が、今日は返事もしてきません。おかしいなと思って、隣の人に勇気を出して、ルイスについて何か知らないかと聞いてみると、ルイスはどうやら病院に連れて行かれてしまったらしいのです。

 そして、それを聞いたミーナは、とても驚いてしまったけれども、すぐにルイスの事が気がかりで、しかたなくなって病院まで走っていきました。

 病院に着くや否や、看護士さんに尋ねた、ルイスが居るといわれた病室には、面会謝絶と書いた札と、ルイスの名前の入った名札がなんだか仲が良さそうに並んで掛かっていたので、ミーナは医者のところまで行くと、彼はどうしてしまったのかと、哀願交じりに訊いてみると、医者はなんだかとても納得したような顔をして。

 「あのね、ルイス君は、心の傷が見えないという病気だったのさ。これは大変やっかいな病気でね、心の傷が見えないということは、君のように大きな心の傷を持った人に対しても、普通の人と同じように接してしまうことになるだろ。それじゃやさしくされ、保護されなければならない大きな傷の人に危害を与えかねないからね、君もきっと、彼に普通の人のようにみられてしまって、困っていたんだろ。」

 そんな医者の言葉にミーナは言い返そうと思いましたが、その医者だって、悪気があってそのように言ったわけではないと分かっていましたので、何か言うことなんてできそうにありませんでした。

 

 それから、幾つか季節が過ぎてもルイスは帰ってくるということはありませんでした。けれども、ルイス以外にだってミーナの周囲の人々は皆、ミーナに優しくしてくれます。

 だから、ミーナは「顔に傷があっても今は後悔してはいない」と言うことができます。だって、この傷のおかげで、出会えた仲間だってたくさんいますし、優しく接してくれる人もいるのですから。

 でもその反面。後悔していないと言わなければならない、ミーナ自身がそこにいるのです。


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