『ファンタジーの定義と3・14についての、ちょっとした論考』

                                           小竹大樹、萌兄の合作  

 


 あれはきっと、去年の年末、あと少しで今年が終わりそうな気がしていたときの出来事だったと思う。

 その頃の僕はといえば、毎日毎日アルバイトに明け暮れて、前も後ろも何が何だかわからない調子になっていたから、このままのスピードなら、次の年はおろか、その次の年、つまり大学を晴れて卒業できる年にまで、心の葛藤という奴からエスケープできそうな勢いだった。

 「ねえ、よく考えてみなよ。」僕の隣人は言う「人間、若い頃は、小、中、高、大学って四回も卒業できるのに、最後の大学を卒業したら最後、その後はなかなか卒業なんてできなくなる、運が悪い奴なんて、その後は一生、卒業ってもんができないのさ。」

 彼は、前から勝手なことをいう奴だった。いや、彼だけじゃない、僕の周りはみんな勝手な人間ばかりだ。

         *

 「それで、君は何時卒業したんだい?」僕の上司にあたる、軍曹はそう僕に尋ねた。

 「さあ、だいぶ前ですよ。」僕は、教科書どおりにそっけなく答える。

 でも、よく考えると、いったい何時僕は卒業したのだのだろうか?答えたとおり、だいぶ前のような気もするし、でも、大学で同期の中にはまだ大学に居座っている奴等もいるから、そんなに僕が思うほどには時はたってないんだと思う。

 結局、奴等は青春を先延ばしにしているのだけなのだと思う。たまたま頭がよくて、体裁にこだわる奴は、大学院。たまたま怠け癖があって、度胸の据わってる奴は五年生になるだけ。でもこの両者には二つだけ共通点がある。

 「金と暇が、余ってるんだよ。」僕は呟く。

 「おい、何やってる、また敵の襲撃だぞ!」軍曹が僕を怒鳴りつける、職業軍人というやつもなんとも悲しいもんだ。まあ、今や僕もその一人、マルクスなんてもう読めない帰がする。きっと、マルクスを読めなくなった人間にはファンタジーを語る資格なんてもの無いんだなと思いながら、今日も僕は給料明細を夢見ながら、戦いに向う。

         *

 『「みんな、仲良くしなさい!」幼稚園の頃の先生は九官鳥のようによくそんなことをいっていた。「じゃあ、どうやれば仲良くできるのさ?」幼稚園児の僕が尋ねたら彼女はどう答えるのだろう?』僕はそんな文章を自分の手帳に書き写すと、まだ夕方四時だというのに、そのまま眠ろうとする。だって仕方が無いじゃないか、年末という奴は、何が何でも眠くなるし、おまけに今日は雪まで降っている。これはさっさと寝るしか他に法はない。

 そして、そんな具合に、自分に対しての言い訳を終えた僕の体は、そのままベットになだれ込む。するとなんと不思議なことだろう。きっとこれが所謂ファンタジーという奴なのだろうか、ベットの上には僕以外に人間の体が乗っかっている。これはとても面白い。何日か遅れで僕にもサンタクロースがやってきたのだろうか?

 「まあいい。」

 そして、僕のファンタジーが始まる。

         *

 「はたして、十万桁を超えられるだろうか、それが問題だ。」軍曹は、苦悶の表情でそう言った。

 「そんなに、悩まなくたっていいじゃないですか、僕なんて、せいぜい三桁か四桁までしか知りませんよ、確か、四桁目は……。」

 「一だ。」軍曹は僕が答える前にそう呟いた。

 今や戦争は、円周率をどこまで性格に把握できるかで、その勝敗が決まる。その戦争を担う下士官たる僕の上司の軍曹は、毎日、毎日、円周率を覚えることだけに熱中していた。

 でも、本当のところ、なぜ、円周率がこんなにも戦争の鍵を握るのかは、誰にも知られていない、でも、とにかく四、五十年前ぐらいから、そうなったそうだ。もちろん、その原理を説き明かすために、科学者達は日夜研究に余念を許してはいないそうだけれども、まだ、結果の予測はそれなりにできても、本質的な原理の解明にはまだまだ遠いらしい、そして、この謎については、とある大科学者が的を得た見解を示している。

『まるで、この円周率の問題につきましては、男女が交わると、どうして子供ができるかという問題の如くウエットな奇怪さを内包し、加えて、どうしてセメントが固まるかという問題と同じようにクールな難解さを呈している問題でありまして、その解明には少なくとも二、三世紀の研究期間が必要なことは目に見えて明らかなのであります。』

そういえば、サグラダファミリアって、いつ、完成するんだろうか?

         *

「ファンタジーって何だろう?」僕は、ベットの上に体をくの字にくねらせ横たわる人間の体に問いかける。

「男の人って、みんなこういうのが好きなんですか?」そう答えた、人間の体の腕には、銀色の手錠が光る。

「そうさ、だって、これがファンタジーだからね、仕方ないんだ。自分ではどうすることもできないし、結局、男ってもんは皆、極度のロマンチストなんだよ。」

僕はそう言って、赤く塗った白熱灯の電源を点け、それと同時に、その人間の体に適当に燻製にした肉の塊を放り投げる、するとその人間の体は手錠で拘束された体をくねらせて、肉に顔を摺り寄せて犬食いを始める。そして僕はその光景を淡々と観察する。

それは一日三回行われた。その人間の体に与える肉の量は、ちょうどその人間の体が飢えるか、飢えないかというラインで計算されつくした分だけ与えているから、とてもくいつきのいい食べ方をそれはする。

そしてそんな生活を続けて、十五日目、僕はまた、その人間の体に赤い光を当てる。するとどうだろう、なんとその人間の体は肉を放り投げなくても、いつも肉を啄ばむときのように、多量の唾液をその口内に分泌してるじゃないか!

「お気に召しましたか?」

その人間の体は、卑屈を含んだ悦楽の表情で僕を上目遣いで眺めてそう言った。

「ああ、これは、すごい発見だよ、ノーベル賞ものさ。円周率なんて目じゃないね。」

「円周率って?」

「3・14さ。」

「それって、大切なことなんですか?」

「外の人間はそう思い込んでるみたいだね。でもそんなのは、単なる集団的な思い込みに過ぎないと僕は思ってる。」

「わたしも、そう思います。だって、こちらの方が、ずっと魅力的ですもの。」

そして、僕等の関係はここに完結し、同時に僕等のファンタジーは完成する。

 「そうだよ、この発見は人間における普遍的なコミュニケーションの形を如実に表したすばらしいものなんだよ。結局、人間同士の関わりなんて、実のところ全ては、相互的な麻薬生産者と麻薬消費者の関係に過ぎないんだ、みんなは、それをかっこつけて『愛』とか呼んでいるけどね……。」

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