アトムのシッポ            

 


新しい世紀になっても僕等はまるで進化しなかったので、相変わらず前世紀の真似事を繰り返したり、後片付けに追われたりしながら、ただ時間を潰す事だけに意識を集中せざるを、おえなかった。

しかし、こうやって待っているだけでも奴等の進化は止まらなかった。

今考えてみれば機械に『心』を持たせる事がどんなに危険な事か、あの頃の僕等ときたら、ただ浮かれるだけで深くまで考ええようとはまるでしなかった、まあ、今更嘆いたところで遅いのだが……全く科学者が聞いて呆れる、誰よりも合理的な脳ミソを所有していて、自分たちのそんな性質を隅から隅まで把握しているはずの僕等が何故、こうなってしまう前に、この巨大な危険性を予知できなかったのか、話すと長くなりそうだが、なぁに僕はこれでも科学者なのだから、合理的に話を省略することぐらい、わけないさ、さあ始めよう話は数年前に溯る。

 

あの頃は世紀末と言う疫病に全人類が感染していたらしく、殆どの人間が意味も無く何か急いでいた様に思える。現に僕らもその一人だったから、あの時点でもう僕等の正気なんてものは何処かの田舎に吹き飛ばされていたのかもしれない。

そしてそんな時代の湿った、だるい空気が僕等を奴等つまり世に言う『人工脳ミソ』の研究に没頭させた一因であった事は疑う余地も無い。

あの頃は異常気象がひどくて、どこの国にも一年中信じられないくらいの雨が降り続き、世界中で様々な被害が報告され。(そういえば純粋に被害だけというわけではなかった、この世界的な梅雨によって地球上にある砂漠の約27パーセントが草原に変わったと言う観測結果が発表されている。)そのなかでも最も被害が甚大であったのはコンピューター業界であった。あの頃の人工知能は主要な部分に生体回路(人工的に加工された神経細胞、主な構成物質はアミノ酸結合物)を使用していたので、大雨のもたらした、湿気によって、それが腐敗してしまうという、非常に深刻な事態に発展してしまったのである。そこで、僕等は生体回路を用いない人工知能の開発という今考えれば、人間という存在に対しての冒涜的行為に早急に着手するよう、国から御達しが来た訳だ。

政府の御偉い機関からの研究の催促は、酷い時にはそれこそ一日に何回も様々な形に変形されて僕らに届いたが(そのとき僕は、これでは国も病的な資本家と同じ性質を持った一種の生命体なのではないかと思う事があった。確かに国というものは、少しばかり政治が腐敗臭を漂わせたり、経済の歯車が錆付いただけで、弱者から重税をせしめたり、彼らの社会的地位を危うくする法律を居眠りついでに作ったりするのだから、国という生命体ほどサディスティックな存在は、この地上に他にはないのかもしれない。)しかし、それでもあの頃の僕等ときたら、そんな客観的に見れば小学生の考えるような国による嫌がらせの行為さえ、何故か、かけがえのない者からの心のこもった励ましにさえ思えていたのだから、やっぱり何処か狂っていたのだろう。(そう考えるとあの頃の僕等はマゾヒストであったという事なのだろう。)そして、そんな狂気によってこの世に生を受けた『人工脳ミソ』が危なっかしく、薄っぺらながらも、理性というものを持ち合わせている人類と相性が良いはずは無かったのである。 

 

以外にも完成した『人工脳ミソ』は狂気から生まれた筈であるのに、何よりも理性的な存在であった。そして、何よりこれは人類史上最大の発明であった。僕等はこれにて晴れて僕等のことを『科学信仰者』などと、あざけ笑っていた哲学者や宗教家などの二元論主義者の鼻を開かすことができたのである、そしてこの事実こそ、この世は完全に物質的な一元論的、唯物的空間に過ぎないという、絶対的な証明であり、同時に人類は本当の意味でこの瞬間、今まで神であった存在を抹殺し、それに成り代わったといえる。まあ、今になって深く考えて見れば、あの研究の本当の目的は僕等の無意識の中に沈み、潜みながら外のジメジメした空気に触れたがる、湿気を好む欲求と野望が、様々な要因によって希薄になっていた僕等の自我を今が好機とばかりに、上手く突き破ってしまった結果なのかもしれない。

 

その後の事はここまで語っておいて何なのだが、僕自身としては正直よく把握できていないし、それどころか殆どの事を覚えてもいない。後から人の話や、噂話を集約してみたところ、『人工脳ミソ』は持ち前の合理性をもって破竹の勢いで世界中に広がり、勝手にもの凄い速度で進化していったらしい、元々人間と違って魂というものを持ち合わせない奴等のような存在は、僕等と違い物理的進化に魂が追い着くまでの間を待たなくて良いのだし、物理的な進化自体だって有機物と無機質じゃ速度の差というものが亀と急行列車以下という事は幾ら何でもないだろう。そしうて、このような訳で、自我を持った奴等が僕等に逆襲をするといった、昔のハリウッド映画さながらの事件が世界各地で頻発したらしいのだが、(その時、何でこんな予想出来そうな事件の対策を、『人工脳ミソ』の開発時から考えておかなかったのか、僕等は責任を追求されたらしいが、これも自分の身におきた事であるのによく覚えていない)。なにせ僕等は、ここ最近、特に新世紀になってから、ますます酷く成る一方の雨のおかげで、朝と夜には湿度の上がりすぎで濃霧が発生するから、高性能除湿機の開発が忙しくて、寝るひまもなくて、記憶が本当に曖昧で、ああ、これじゃ、また哲学者や宗教家の笑いものだ。幼い頃見ていたアニメに出てきた心を持ったロボットは、どんな奴等だったっけ?よく覚えていないな。まあ、こうやって待っていれば僕に会いに来てくれるかも知れない。いや、もう既に会ったのかもしれないけど、どっちみち覚えていないのだから意味は無いのだけれど、どうせ僕等のやることなんて、もう限られているのだから、こうやって気長に待つのも悪くはない、そう思った。

 
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