明日から

 


  【夢】

世界が終わるまでそうないらしい。

そんな夢を見た。

   【朝】

朝起きると、朝焼けが綺麗だったから、やっぱり、今日で、この世の終わりがくるらしい。

でも、それは困ったことだ。だって世界が終わったら、やっぱりいろいろ不便だろう。例えば、もう大切な人にも会えなくなるかもしれない。大切な人……大切な人、例えば、家族は大切だ、何でかと聞かれたら、何でかね、と答えるだろうけど、家族は大切だ。だから、世界が終わる前に、あっておいた方が良いんだろう、きっと。

さて、いつ世界が終わるのやら、夢で見たことを思い出そうとしても、これがなかなかどうして。しかしだ、ここから実家に帰るのには、どう考えても、半日以上はかかるから、やっぱり移動途中で世界が終わってしまったら詰まらないから、今日、実家に帰るのは辞めにしよう。でも、そうすると暇だ、あと大切な人って……恋人か、でも僕にはそういう人は居ないからだめだ。

じゃあ、大学時代の友人にでも会いに行こうか、とも思うのだけれども、きっと彼等もいろいろ忙しいだろうから、迷惑かけるわけにもいかない。さて、それなら、どうしようか?

  【会社】

会社では今日もみんな、働き蟻の真似をしていた。

そう、真似だ。

不景気になってから長いから、もう、働き蟻ができるほど会社には仕事がない。でも、仕事をしないとリストラされるから、働くふりはしないといけない、それが社会のルールらしい。それでも仕事をするふりというやつがなかなか難しいんだな、これが。

そうは言いながらも、ほんとに仕事するほうが大変なのだろうと思うのだけれども、僕が会社に入った頃には、既にこうなっていたし。どうせ、過労死する働き蟻が不幸せなのか、リストラに脅える窓際社員が不幸なのか、そんなこと、とっくの昔に解らなくなっているのだから、どうでもいいことだ。だいいち、今日で世界が終わるのだから、今、過労死しても、さして変わりないし、リストラもそれと同じこと。

でも、みんな、今日世界が終わるなんて、知らないから、働きありの真似を続けている。結局、誰もクビになる勇気なんてないんだな。それを知っている僕だって、同じ事しているんだから。世界が終わると知っているだけ、僕は余計に僕も偉そうな事は言えないけどね。ところでそれは、何故かって?

だって僕はヒラだから。

  【対話変】

課長「君、この書類のコピー頼む、二十部ってとこかな。」

僕 「課長、でも、コピー機は壊れているかも知れないんですよ。」

課長「だったら、隣の課のを借りればいいだろう。」

僕 「でも課長、隣のコピー機も壊れていたらどうするんです?」

課長「君は何言っとるんだい、隣のコピー機が壊れてるかなんて、言ってみなくちゃ解らないじゃないか、それにうちのコピー機だって、壊れてるかどうかなんて、調べてみないことには、何も解らんだろ。」

僕 「そんなものですかねぇ。」

課長「そんなものさ、だから早くコピーに行きたまえ。」

僕 「でも、やっぱり、壊れていたらどうするんです?」

課長「だから、それを、確かめに行くんだよ、コピー機が壊れてるかどうかなんて、いってみなけりゃ解らんだろ、何度言わせる気だ!」

僕 「だから、そうじゃないんです。コピー機が壊れているかなんて、課長だって、どうでもいいと思ってるいるんじゃないんですか?」

課長「はあ、君は何を言ってるんだね?」

僕 「だから、僕が言いたいのはですね、世界が壊れてるって事で。」

課長「はい?」

僕 「いや、正確に言うとですね、壊れ始めているわけですよ。」

課長「おい、君、大丈夫かね?」

僕 「僕はいたって、正常ですよ。何せこうやって、部下が上司に歯向かっている事が、この世界が壊れ始めている、何より確かな証拠ですよ。課長だってうすうす感づいて……。」

課長「何が言いたいんだ、そんなことばかり言っとると……、本当にクビにするぞ。」

僕 「クビですか。」

課長「それが嫌だったら、」

川越「課長さん、そんな事で、クビはひどいですよ、彼だって、頑張ってるんですよ、結果の出ない原因は、課長さん、あなただって、彼に言われて、薄々感づいてるんじゃありません?」

課長「オイオイ、川越君まで何、言っとるんだい、頭を冷やしたまえ。」

川越「課長さん、あなたって、本当にかわいそうな人ですね。」

課長「なっなんだとお、女だからって手加減せんぞ!こっちだって、」

僕 「まあまあ、課長も川越さんも、落ち着いてくださいよ。」

  【課長】

 部下の言うことは確かだった。結局、この世が壊れ始めていることぐらい私にだって、痛いほど解かっているつもりだ。

 でも、私は彼らとは違うのだ。私には養っていかなければならない家族もいるし、だいいち管理職なのだから、自分や世界が抱えている問題を、思うがままに公表してしまったら、部下達は動揺し、課の業績も落ちてしまうじゃないか、そうしたら、やっぱり責任を取らされるのは、私なんだ。

 だから、私は……いや、皆、私と同じだ、だからこんな日なのに、会社に来たんだろ。 

  【夕方】

「川越さん、さっきは庇ってもらっちゃって。」

「いいのよ、だって、あなたはホントの事を言っただけだもの。」

 「はあ、やっぱり本当なんですね。」

 「ええ、みんなあなたと同じよ。信じてないとか、忘れてるとかじゃなくて、自分をごまかしてるだけなのよ。」

 不意に、川越さんは、時計を見る。

 「ほら、あと残り数分ね。」

 「へー、川越さんは、具体的な時間まで知ってるんですね。」

 「ええ。」

 「タイムリミットが解ってるなら、もっと上手く時間を使えたんじゃないんですか?それに最後の瞬間が僕なんかと一緒でよかったんですか?」

 川越さんは、僕の言葉を聞くと詰まらなそうな顔をして。

 「別にいいのよ、私はだいぶ前から知ってたから、やっておかなきゃならないことは、もう済ませたし、あなたと一緒に居るのもそう詰まらなくないしね。」

 「そうですか、それなら、いいんですけど。でもどうせなら、僕にも早く教えてくれれば。」

 「あなたが、知らなかっただなんて、私、知らなかったもの。」

 「ああ、それで。」

 「でもまあ、良かったじゃない。」

 「何がですか?」

「もう、明日、課長に今日の事で、ごちゃごちゃ言われないで済んだんだでしょ。」

 「そうですね、悩みが一つ消えましたよ。」

 そう言って、僕は、胸をなで下ろし、焼酎を一気にあおった。

 そう思えば、楽なものなのである。 



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